歯科治療が今後どのようにあるべきなのか?患者目線の治療の大切さ
国民の少子高齢化、そして健康意識の向上に伴い、患者を取り巻く環境は急激に変化しています。小児をはじめとする若年層でう蝕が減少したり、急激な高齢化により自ら歯科医院に通うことのできない患者が増えています。これまで外来を中心に診療をしてきた歯科の役割は、大きな転換期にあるといえます。これからの時代に求められる歯科の役割と、患者目線の治療とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
患者のニーズは進化している
今後の歯科治療において、予防歯科、インプラント、高齢者歯科、審美、再生歯科等の分野は、需要が伸びると予測されています。逆に需要が減少すると考えられる分野には、小児歯科、歯科保存科、歯科補綴科が挙げられています。このような結果が出た背景には、少子高齢化や予防歯科の成果によるう蝕の減少、国民のQOL向上への意識といった社会的要因が関与しています。
『QOL(Quality Of Life)』とは、“生活の質”や“生命の質”“人生の質”などとも訳され、主観的・客観的、また身体面・精神面・社会面からもより良い状態のことを意味しています。
日本は世界でも平均寿命の長い国とされていますが、この平均寿命という指標は、「あと何年生きられるか」という生存の量を指すものでした。しかし、近年では生存の量だけではなく、「いかに自立して健康で暮らせるか」というQOLを考慮した「健康寿命」という考え方が急速に広まっています。
高齢者の良好な咀嚼能力は、日常の活動能力や視力、聴覚にも良好な影響を及ぼす事が報告され、咀嚼能力の高さはQOLの高さに直結しているという事が報告されています。実際に高齢者へのアンケート調査で、現在の楽しみは?という質問をすると、「食べること」という回答は常に上位に挙がっています。高齢者が心身共に健康に生きる為には、「美味しく食事ができる」という事が非常に大切なのです。
また、現在の情報化社会において、患者は多くの情報と知識を得た上で来院します。とくに診療開始前のコミュニケーションは非常に重要で、考えられる全ての治療方針を説明した上で、患者が選んだ治療に対応できる環境を整える必要があります。
たとえ理想的な治療を施しても、患者自身の要求が満たされなければ患者にとってQOLの向上には繋がりません。個々の患者の考え方や環境によって、治療に対して求めるものは異なり、審美性を特に重視する人、コストを重視する人などさまざまです。
治療する側が高圧的に指導を行い、一方的に治療計画を説明するだけでは、患者は不満を感じていても承諾するしかなく、本当のニーズを把握せず治療を進めることになります。その結果、完璧な治療をしたはずなのに、患者が来院しなくなってしまったという事が起こってしまうのです。
高齢者社会により、埋もれてしまう患者のニーズ
これまでの歯科の役割としては、患者が口腔内の問題を訴えて歯科医院に訪れ、それを受けて治療を行う外来診療が中心でした。
しかし、患者の年代別の受診率を見ると、70歳をピークに下がる事が報告されています。これは、高齢者の外来受診率が減るという事であり、認知症や寝たきり等の諸事情により、治療を求めるにも関わらず、診療所に来られない患者が増えるという事になります。せっかく最新の技術や知識を有した歯科従事者を用意し、最高の環境に整えたとしても、これでは意味がありません。患者のニーズが埋もれてしまうという事は、患者にとってはもちろん、歯科業界全体にとっても非常な大きな問題となります。
この問題を解決するには、これまでの外来を中心とした治療から、外へ出る治療への転換が求められているのです。
治療のフィールドを広げましょう!
高齢者が増えるということは、介護の問題も増えるという事になります。
今後は自宅での看取りも増えるという事で、平成18年度には厚生労働省よって、高齢者ができる限り自宅で療養生活を送れるよう「在宅療養支援歯科診療所」が作られました。そして、高齢者の死因第3位は肺炎で、その中の多くは誤嚥性肺炎です。
誤嚥性肺炎は口腔衛生状態を良好に保つことで予防できることが報告されており、介護予防という視点からも注目されています。
実際に在宅医療の医師より最も連携を求められている診療科は歯科であり、訪問するとほぼ全員に口腔内に問題があると言います。全身疾患と口腔ケアは密接に関係しており、誤嚥性肺炎など歯科の問題が多くあるので、介護施設でも歯科衛生士の雇用が求められています。つまり、歯科医師も歯科衛生士も外に出て治療する事が要求されているのです。そうなると、医科や他職種との連携が重要になってきます。
介護保険が始まってから医科側の体制も変わり、ケアマネジャーによって患者の基本情報は分かるようになりました。しかし、残念ながら歯科との連携は未だ進んでいないのが現状です。したがって歯科の役割としては、地域の医師会や訪問看護ステーションとの緊密な連携体制を構築し、訪問歯科診療を実施している診療所を積極的に紹介する事が必要です。
具体的に、これから訪問歯科診療を進めるための活動として、東京都では「目指そう歯科訪問診療1-1-1目標!」というスローガンを掲げています。1診療所につき、1ヶ月に1回の訪問歯科診療を行う事を目標として、長年付き合いのある患者との関わりから始めようという試みを呼び掛けています。
1人の患者を長年診ていくと、過去の医療情報や生活のバックグラウンドも把握できます。その患者が何らかの理由で来院が難しくなった時に依頼があれば訪問する、まずは簡単に行動できる事から始めてみましょう。
まとめ
患者目線の治療というのは、患者個人の求めるQOLに寄り添った治療を行うという事です。それには患者やその家族との緊密なコミュニケーションが必要不可欠であり、単に歯の治療を行なうだけではなく、全身的な状態にも注意を払う必要があります。
これからの歯科には、患者の生涯にわたり「かかりつけ歯科医院」としての役割を担う事が求められています。
歯科医師をはじめとした歯科従事者の間での連携はもちろん、医科や他業種、そして社会全体が連携できるシステムを構築できるよう、一人ひとりが意識し行動する事が必要となるのです。