HIV感染患者への歯科治療について|スタンダードプレコ―ションを大切に
「HBV」や「HCV」と並び医療現場での感染予防における注意が呼びかけられている「HIV」。
ゆえに今更とも言えるこの感染症ですが、その特有さや感染患者の口腔内環境といった、対応時に備えておくべき情報をしっかり調べてから診療を行っているでしょうか。また感染患者の治療を行う場合、その後の院内感染を防ぐための対策を行っているでしょうか。
歯科医院のスタッフと患者が互いに安全に治療に臨むためには「HIV」への正しい理解としっかりとした対策を欠かすことができません。
治療前に注意するべきこと
「HIV」もまた同様です。それは感染のリスクがあるだけではなく、この感染症によって患者の健康に何らかの影響があらわれていることがあるためです。このことをよく見極め、治療をするべきか否かを判断する必要もあります。
そこで「HIV」に感染している患者の状態を確認するために、どういったポイントに注意するべきかについてご紹介したいと思います。
■CD4(陽性リンパ球)の数値
「HIV」に感染した場合、免疫細胞である「CD4」(白血球)が減少することがわかっています。またこの数値の変化を参考に「HIV」の治療は開始されるといいます。「HIV」に感染していない場合、正常な「CD4」の数値は500~1200μlであり、感染している場合はこの数値が徐々に下がっていくのが特徴です。
そして最後に血液検査を行った際の「CD4」の数値が200μl以下の場合、「AIDS(後天性免疫不全症候群)」を発症していると判断します。またこれにより合併症を発症してしまうおそれが出てくるため、抜歯をはじめとした外科治療は見送るべきと判断しなくてはいけません。
あるいは外科治療を問わず、口のなかに傷を作ってしまうおそれがある治療はすべて控えるべきと言えます。(バーや超音波スケーラーなどにより歯肉を傷つけるおそれがあるため)
■好中球の数値
CD4に並び重要視されるのが「好中球」の数値です。これも白血球の一種であり、健康な人の場合、3,500~9,000μlほどあると言われています。また全身の何らかの変化や健康状態によってこの数値は常に大きく変動します。
「HIV」感染患者については、この数値が500μl以上ある場合、歯科治療を行っても健康に影響しないと判断することができます。しかしこれ以下の数値となっている場合はウイルスや菌に感染するリスクが出てくるため、治療後、感染予防のために抗菌薬を処方する必要が出てきます。
■ウイルスの量
「HIV」に感染している場合、白血球の数値の状態のほかにウイルス量(HIV-RNA)の状態も確認します。
この数値が多ければ多いほど、「HIV」の進行が早い傾向にあるためです。もしこの数値が高くても患者の体調が良好であれば、神経質にならずに積極的に治療を行っても良いとされています。
■服薬の種類
歯科治療を行ううえでは、患者が服用している薬の種類も把握しておきましょう。「HIV」の内服薬にはいくつもの副作用があるとされています。吐き気、下痢、頭痛といったその日の体調にあらわれるものから、肝機能障害、腎機能障害、心血管疾患といった全身疾患につながることもあります。
特に留意すべきは薬を服用した直後の体調の変化であり、治療に影響するようであれば体調が良い日に治療を見送りましょう。患者の体調が見かねるほどであれば、患者に薬の変更を希望するよう勧めるという客観的判断も求められることがあります。
■血友病を有する感染患者には注意
血友病患者に対し、非加熱による血液凝固因子製剤を投与してしまったことにより、「HIV」および「AIDS」に感染してしまったケースを「薬害エイズ」と呼びます。過去、これにより血友病患者の約4割が「薬害エイズ」に感染してしまったと言われています。
もし「薬害エイズ」によって「HIV」および「AIDS」に感染してしまったという患者が治療に来院した場合、「伝達麻酔」を誤って使用しないように注意しましょう。治療に際して麻酔を使用しなくてはいけない場合は、事前に血友病専門医に相談するようにしましょう。
感染予防の対策
さらに患者の血液が目や口のなかなど粘膜に付着することで感染するリスクもあります。そのため外科治療においては手を守るグローブ、目や口をゴーグルやマスクの使用は不可欠であり、通常の治療においてもこれらの防具は装着しておくべきと言えます。
また、麻酔やメスを使用する外科治療を行う際には曝露事故に対する注意を払わなくてはいけません。また万が一、針刺しやメス刃の切創による曝露が発生してしまった場合はパニックにならずに冷静に以下のように行動しましょう。
①「すぐに曝露部位を大量の水でよく洗い流す」
②「曝露してしまった状況から感染のリスクを評価し、抗HIV薬による予防をすべきかどうか判断する」
③「院長(責任者)不在の場合は曝露事故当人の判断で1回目の予防薬を服用する」
これらは「国立研究開発法人 エイズ治療・研究開発センター」のホームページでも記載されているマニュアルの基本事項です。より詳細な対応項目やフローチャートはこちらのホームページにて紹介されているため、参考にしましょう。
さらに麻酔の針やメス刃同様、治療で使用する器具は、基本ディスポーザブル(使い捨て)のものを使用することで、他の患者への感染のリスクを下げることが可能になります。基本的に使い回しとなる器具は、必ず付着した血液や唾液を完全に洗い流し、その後、滅菌処理を行うようにしましょう。
患者の口腔内を確認しよう
「HIV」および「AIDS」は口腔内の状態と深く関わっていることがわかっています。そのため患者の口腔状態を詳細に確認することができる歯科もまた「HIV」と「AIDS」の感染の有無を客観的に判断することができると言われています。
そこで以下の口腔症状が確認された場合、「HIV」および「AIDS」による感染を疑う必要性が出てきます。「口腔カンジダ症」「アフタ性口内炎」「口腔毛様白板症」「カポジ肉腫」などです。
「口腔カンジダ症」は免疫が低下することであらわれるため、「HIV」の初期症状としてよく見られるものです。「アフタ性口内炎」の場合、健康に問題のない人でもあらわれることのある症状ですが、これが何度も再発したり、治癒に長い期間を要する場合は感染を疑いましょう。
「口腔毛様白板症」は口腔カンジダ症と見た目がよく似ています。しかしカンジダ症と比べ患者の自覚症状がなく、抗真菌薬では消えないことが特徴です。
「カポジ肉腫」は感染者であれば必ずといっていいほど見られる症状と言われています。口蓋部位によく見られ、赤紫もしくは青い模様、また結節を伴うことが特徴です。また口蓋以外の部位にもまれに見られることがありますが、その場合は進行が早く予後が悪いと言われているため注意が必要です。
HIVに感染するリスクはとても低い
HIVに対する感染予防はHBVやHCVに対する感染予防にもつながるためです。またすべての患者様の感染の有無を調べることは難しいため、それを理解したうえであらかじめスタンダードプレコーションもしっかり行うようにしましょう。