高齢者歯科の重要性 肺炎と口腔内トラブルについて
現在、我が国では少子高齢化の一途をたどっており、介護を必要とする高齢者が年々増加しています。要介護の高齢者の特徴として、自分では歯みがきがしにくくなっているために、お口のケアが十分行なえていないということがあげられます。
歯科を受診して、治療を受けることが出来ればいいのですが、そうでない場合も多いです。では、口腔内の治療やケアがきちんとできていないと、どのようなことが起こるのでしょうか。
日本人の死因について
厚生労働省が、人口動態計統計年報という統計を出しています。そこには、日本人の死因についての統計が記載されています。それをみてみますと、1位悪性新生物、2位心疾患、3位脳血管疾患、4位肺炎となっています。
ところが、年齢階層別に見ると、85歳以降になると肺炎が3位、90歳以上では2位に上がってきます。性別でみると、90歳以降の男性の死因の1位が肺炎となっています。このように全体的に見ると肺炎は4位なのですが、高齢者に限ってみると、肺炎による死亡率が高くなっていることがわかります。
誤嚥性肺炎(ごえんせいはいえん)ってなに?
人間には、肺に繋がる気道という空気の通り道と、胃に繋がる食道と言う食べ物の通り道の2つの経路があります。この道が完全に分かれていればいいのですが、鼻と口が繋がっているために、気道と食道に道が分かれる喉の辺りまでは、空気も食べ物も同じ道を通ります。
「むせ」とは、気道に空気以外のものが入り込もうとした時に、それを排出するための反射的な反応のことです。こうしたことは、年齢に関係なく起こりますので、子どもでもむせることはあります。むせがきちんと出来ていないと、気道に異物が流れ込んでしまいます。これを誤嚥(ごえん)といいます。
ところが、このむせるという能力は、年とともに低下していくことが知られています。高齢者に、若い人と比べて誤嚥のリスクが高まってくるのはそのためです。
■誤嚥性肺炎について
誤嚥性肺炎とは、誤嚥によっておこる肺炎のことを言います。お口の中は、唾液が流れているだけでなく、細菌も唾液の流れによってお口全体に分布しています。実はお口の中の唾液や細菌を飲み込むことはよくあることなのですが、通常は細菌や異物が肺に入り込まない様に、途中で侵入を防ぐためのシステムが機能しています。むせることもそのひとつです。
ところが、誤嚥によって肺に細菌が入り込むと、元気な人なら免疫力で排除でき肺炎にまで至ることは滅多にないですが、高齢者の場合は免疫力が低下していることが多く、そのまま肺で細菌が繁殖し、肺炎を起こしてしまうのです。これが、誤嚥性肺炎が起こる理由です。
■誤嚥性肺炎を減らせると
高齢者を死亡に至らしめる肺炎がすべて誤嚥性肺炎というわけではありませんが、少なくとも誤嚥性肺炎をコントロールできれば、高齢者の健康に大きく貢献できるといえます。
また、肺炎の治療は抗菌剤の投与なのですが、誤嚥性肺炎を減らすことで、抗菌剤の使用や医療費を減らせるばかりではなく、抗菌剤を使うことで増えてしまう抗菌剤が効かない「耐性菌」という社会問題になっている細菌を減らすことも望めます。
高齢者のお口の特徴
高齢者のお口とそうでない方のお口の特徴に違いはあるのでしょうか?
■唾液の量が減少している
唾液には、抗菌物質が含まれており、お口の中の細菌を減らすことができます。また、唾液は液体ですので、食べカスや細菌、お口の粘膜の垢を洗い流す働きもあります。
ところが、高齢化してくると、唾液の量が減少してきます。それだけでなく、唾液の性状も変化し、流れの悪いどろっとした唾液に変わってきます。そのために、お口の中が全体的に乾燥した状態になります。これにより、洗い流す能力が低下し、お口の中に汚れがつき、たまりやすくなります。
■歯が減ってきている
年とともに歯が減ってきます。歯の減少とともに食べ物を噛む能力が低下しますので、食事がしにくくなってきます。
■入れ歯を使っている
歯の減少を補うために、入れ歯を使う場合が多くなります。入れ歯の内面は、食べ物が入り込みますので、毎食後外してきれいに洗わなければなりません。しかし、入れ歯をきれいにしておくことができなければ、細菌が繁殖する温床になってしまいます。また、お口の乾燥化に伴い、入れ歯がお口に傷をつけ、化膿が起こる原因になることがあります。
■むし歯が出来やすくなる
唾液が減少することで、歯の表面に食べ物がはり付きやすくなります。また唾液の中の抗菌物質も減るので、むし歯菌が増えることにも繋がります。そのために、むし歯が出来やすくなります。
専門的口腔ケアってなに?
歯科医師や歯科衛生士という歯科の専門家によって行なわれる口腔ケアのことを、専門的口腔ケアと呼んでいます。医療を行なうものは、さまざまな職種に分かれていますが、専門家である歯科医師や歯科衛生士が介入することで、口腔ケアの質を高めることが出来ます。すなわち、口腔ケアを行なう前に、歯科医師がお口の中全体の診断や評価を行うことで、口腔ケアが必要な人それぞれに応じた的確な口腔ケアが可能になります。
この結果、口腔ケアの効果が高まるのです。歯科医院に行って受けることがいいのですが、そうしたことが難しい場合は、訪問歯科診療を通じて受けることも出来ます。
口腔ケアと誤嚥性肺炎の関係ってなに?
■誤嚥性肺炎のリスクを減らせます
誤嚥性肺炎が起こる時、お口の中や喉の細菌、免疫力が大きく影響してきます。誤嚥するときに細菌がどれだけ気管に流れ込みやすいかは、咽頭(いんとう)と呼ばれる喉の入口付近の細菌の数が深く関わってきます。
同じお口でも、手前の方にいる細菌よりも奥にいる細菌の方が、より誤嚥し易いです。口腔ケアをすると、お口の中の汚れがとれて、きれいな状態になります。お口の汚れの中には、細菌がとてもたくさんいます。お口の汚れは細菌の塊といっても過言ではありません。口腔ケアをすることにより汚れが取り除かれれば、細菌の数も減ります。
減らせる細菌はお口の中だけではありません。お口の細菌が喉にうつっていきますので、咽頭付近の細菌数も減少させることにも繋がります。これにより、誤嚥性肺炎のリスクを減らすことが出来るのです。
口腔ケアによって防げる肺炎以外のお口のトラブル
■嚥下能力の低下が防げます
飲み込むことを嚥下(えんげ)といいます。高齢になると、食べ物を飲み込むことすら、難しくなってきます。口腔ケアを継続的に行なうと、サブスタンスPとよばれる嚥下を起こすために必要な物質が増えてくることがわかってきました。つまり、口腔ケアには嚥下する能力を改善させる効果もあるのです。
■舌や唇の動きがよくなります
舌や唇、頬は、食べ物をお口の中で動かして運ぶ大切な役割を果たしていますが、これも高齢になると低下してきます。しかも、使わなければ、より低下してしまいます。舌や唇、頬を適度に刺激しながら口腔ケアを行なうと、これらの能力の低下を防ぐことが出来ます。
■唾液が出やすくなります
口腔ケアをする際、唾液を作り出す唾液腺(だえきせん)を刺激することで、唾液の分泌が促されます。これにより、唾液の減少にともなうお口の乾燥を緩和する効果もあります。
■むし歯や歯周病のリスクを減らせます
歯の表面についた汚れや細菌を取り除くことで、むし歯や歯周病のリスクを下げることが出来ます。